『選択本願念仏集』は略して『選択集』といいますが、法然上人が66歳の建久9年(1198年)に関白九条兼実公の願いを受けて他力本願のみ教えを述べ、念仏の法門が末代相応の教えであることを説いた浄土宗の要義を表したものです。この第8章「三心篇」のうち回向発願心について述べたところの一節を今月のことばに選んでみました。
三心とは極楽浄土に往生を願う念仏者が必ず備えなければならない心の持ち方で、深く信じる心(深心)・真実の心(至誠心)・浄土往生を願う心(回向発願心)の三つで、法然上人は念仏を称えれば必ずひとりでに三心が備わり往生できると述べておられます。
このうち回向発願心の最後のところに述べられている今月のことばの内容は、回向というは浄土に往生したのち自ら大慈悲心をおこし、再びこの土にかえり来たって衆生を教化することも意味するのであるとなります。
このことはとても重要なことでありますが、法然上人の著作やご法語にはあまり強調されてはいません。大乗仏教は「自利・利他」の精神を重んじ、特に利他行を大切に致しておりますが、これは仏教の根本教義である縁起思想に基づいているからです。
ところがこのことについて法然上人はあまり触れずに、まず往生することを最優先させているように感じます。法然上人の二大法語である「一枚起請文」や「一紙小消息」にも記述がありません。
おそらくこれは煩悩具足の凡夫である私たちに、初めから崇高な仏教の根本精神を伝えるより、まず第一に往生することを勧められたのだろうと推察されます。往生すれば仏・菩薩の指導のもとやがて成仏し、本来の仏教精神に基づいた活動に繋がるとされたのでしょう。
今月のことばは、往生する究極の目的がはっきりと示されています。しっかりお念仏を申してまいりましょう。
教務部長 井澤隆明