早いもので春彼岸の月を迎え、月末には桜の開花の予報も出される時節となりました。
さて今月のことばは法然上人のお伝記である『勅修御伝』二十一巻にある「上人つねに仰せられける御詞」より選びました。このご法語はそのままでご理解いただけるとは存じますが、現代文にすると次のようになります。
善人は善人のままお念仏を称え、悪人は悪人のままお念仏を称え、ただありのまま素直にお念仏を称える人のことを、念仏の他に助けを求めない人というのです。そうではあるが自身の悪行を悔い改め、善人となってお念仏を称えようとする人は阿弥陀様の御心に適っているに違いありません(浄土宗総合研究所『法然上人のご法語』)。
ここで重要なことは、念仏は何ものにも勝る徳目であり、学問や智慧、修行や精進努力、持戒や誠実等一切の助けはいらないということです。生まれつきのままに素直な心で念仏することが助をささぬということであり、どのような状況にあろうともただ念仏を称えればすべての人が救われるというのが本願念仏の尊さであります。ただし、自分の悪行を改め善人となってお念仏を称えようとする人はみ仏の心に叶っているでしょうと二義的に仏道修養の大切さも述べられています。
しかしながら法然上人は飾らずにそのままの心でお念仏を称えるだけで必ず救われるのが本願念仏であると強調されているのです。
昔から「幼な児がしだいしだいに智恵づきて仏に遠くなるぞ悲しき」と詩に詠まれているように、私たちは生まれつきのままの心で生涯を過すのは難しいようで、日々罪を重ねなければ生きられない凡夫であります。
このような私たちのためにこそ発された阿弥陀様の慈悲の心がお念仏に凝縮されているのです。しっかりお念仏を申しましょう。
教務部長 井澤隆明