光陰矢の如し。今年も早いもので師走を迎え、増上寺では恒例の伝宗伝戒道場が開筵されます。

 さて今月も前回に続き法然上人に帰依された関東の武士に係るご法語に致しました。
『勅修御伝』27卷には武蔵国の御家人熊谷の次郎直実公について詳しく述べられておりますが、この中の一節を選んで今月のことばに致しました。

 熊谷公は鎌倉幕府の御家人で源平の戦いで武名を馳せたが、一の谷の合戦で自分の子息と同じ16歳の平敦盛を討ち取ったことがきっかけとなり出家し蓮生と名乗りました。後に京に向かい法然上人に帰依し熱心な念仏者となりました。西方極楽の阿弥陀仏を崇拝するあまり京都から郷里の熊谷(現在の埼玉県熊谷市)に戻る時、西に尻を向けてはならないと逆馬で帰ったという逸話も残っています。

 今月のことばの内容は、罪が軽かろうが重たかろうが、ただ念仏さえ申したならば極楽に往生するのです。その他何かをしなさいということはありません。となりますが、その時この言葉を聞いて感激した熊谷公はあまりにも嬉しくて大泣きをしたと述べられています。

 熊谷公の出家の原因は平敦盛とのご縁によりますが、武士道としては正しいことを実行したのだが、人の道としては間違っているのではないかとの間で悩み苦しまれたのです。

 これに対し法然上人はさらりと、こともなげにただ念仏を申しなさいといわれたのですが、それがそのまま心の中にしみ入ったのでありましょう。自分の愚かさや罪深さに気付いた時、そこに仏法がスゥーっと自然に入るのです。

 念仏とはこの世の倫理・道徳を超えた宗教的価値の絶対化であります。だからこそいかなる悪人でも罪を重ねた人をも超えた救済のはたらきを含んでいるのです。

 最善・最高のお念仏をしっかり称えてまいりたいものです。

教務部長 井澤隆明